静岡地方裁判所沼津支部 事件番号不詳 決定
主文
検察官立証予定整理表番号4ないし29、31ないし36、38ないし60、被告人(1)ないし(8)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1ないし7、23ないし25、36ないし41、被告人(9)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1ないし7、被告人(12)に対する検察官請求証拠目録請求番号1のうち、検察官立証予定整理表番号4ないし8を被告人(1)の関係で、同9ないし15を被告人(3)の関係で、同16ないし29を被告人(4)の関係で、同31ないし36を被告人(5)の関係で、同38の第三、第五、第七項と添付の図面・写真、同39の第三ないし第六項、同40の第七、第八、第一三ないし第一六、第一八項と添付の写真、同41を被告人(1)ないし(8)の関係で、同43、44、51を被告人(9)の関係で、同59の第二ないし第八項、同60の第二ないし第六項を被告人(10)の関係で、被告人(1)ないし(8)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1ないし7を被告人(1)の関係で、同23ないし25を被告人(3)の関係で、同36ないし41を被告人(5)の関係で、同5の第一一項を被告人(2)ないし(8)の関係で、同6(供述部分一九丁と添付図面二枚から成る被告人(1)の検察官に対する昭和四四年六月二四日付供述調書)の第九項を被告人(3)ないし(5)・(9)・(10)・(12)の関係で、同40の第三ないし第一三項と添付の図面・写真、同41の第一ないし第三項を被告人(1)ないし(4)と(6)ないし(8)の関係で、被告人(9)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1を被告人(9)の関係で、被告人(12)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1を被告人(12)の関係でそれぞれ証拠として採用し、その余の部分についてはその証拠調請求をいずれも却下する。
理由
一 弁護人は、「被告人(1)・同(3)・同(4)・同(5)・同(9)・同(10)・同(12)の七名に対する本件各現行犯逮捕はいずれも違法であり、この違法逮捕に基づいて収集された証拠はすべてその証拠能力を欠く」と主張するので、まず右各現行犯逮捕の適否について検討するに、本件関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
1 昭和四四年六月八日午後三時前頃から警視庁警察官吉田忠を班長とする採証班が採証車に乗って伊東市湯川三丁目一二番伊東駅(以下、単に「駅」という)前東南端の交番付近で待機していたところ、翌九日から伊東市で開催予定のアジア・大平洋協議会(略称アスパック)第四回閣僚会議に対する抗議行動参加者が同月八日当日に予定した抗議行動を終え、駅前正面の大通り(通称南口線)から続々と駅前広場に集合し、その北側は主として学生で、南側は労働組合員などでほとんど埋め尽くされる状況となり、午後三時二四分頃右採証班は他所へ移動するよう命じられたものの、労働組合員などに右採証車を取り囲まれて前進が困難になったので、その救出命令を受けた警視庁第五機動隊(以下、五機という)第三中隊(中隊長坂井勇)警察官約四三名が五機隊長に率いられて三時三五分頃右駅前交番付近へ赴き、右採証車を取り囲んでいた労働組合員などを押し分けながら駅前広場の東側を横切り、広場東北端に通じる大通り(通称伊東海岸線)へ右採証車を誘導して退避させたが、駅前広場北側中央にある緑地帯(以下、緑地帯という)付近で植木などを投げつけられたのに続いて、緑地帯を過ぎた頃には駅前北側に集合していた白ヘルメット着用の学生約二〇〇ないし三〇〇名の集団内から激しい投石を受けたため、右中隊長の命によりその投石学生を検挙すべく駅舎改札口の方向に追いかけたのち、後退するに際し右学生一〇名位に捕捉されて暴行を受けていた右中隊警察官村山光範を救出(その際午後三時三八分頃被告人(11)を逮捕)し、再び激しく投石して来た右学生集団に対し催涙ガス弾を発射してその気勢をそいだうえ、午後三時四四分頃右警察官は全員駅前広場から伊東海岸線へ撤退した。
右五機第三中隊の撤退により駅前広場は一応平静を取り戻し、白ヘルメット着用の右学生集団もほぼもとの位置に戻り、駅前広場中央(緑地帯南横)には青ヘルメット着用の学生約三〇〇名が駅舎に向って縦に帯状の集団となり、その南横に緑ヘルメット着用の学生集団(約二〇〇名)などが位置し、その他の右抗議行動参加者も右学生集団と同様にほぼ所属集団別に分れ、それぞれ解散直前のいわゆる総括集会を開いていた。
しかるところ、これより先午後三時三七分頃川奈の静岡県警警備対策本部から「駅前で五機が学生に投石されているので、五機を支援して投石学生の規制・検挙に当れ」との指令を受けた警視庁第四機動隊(以下、四機という)警察官約三五〇名は四機管理官千代田恒雄指揮のもとに、それまで待機していた伊東市の竹町交差点付近(ホテル暖香園付近)から駆足で出発し、四機隊長の指令により駅前広場へは北側(五機第三中隊が撤退した伊東海岸線)を除く中央(南口線)と南側の両面から進入すべく、途中で第一大隊(第一および第二中隊)と第二大隊(第三および第四中隊)の二手に分れ、南口線を行く第二大隊は湯の花通り・キネマ通りを行く第一大隊と併進する形となったが、出発してから約一〇分後の午後三時四七分頃第二大隊が指揮官車を先頭に駅前広場入口(南口線西端)へ到着し、一旦停止して隊列を整え始めるや、その正面に位置していた青ヘルメット着用の前示学生集団内(主としてその東側部分の緑地帯南横にいた六〇ないし一〇〇名)から集中的に激しい投石を受けたため、第二大隊は三時四九分頃「全員検挙」の命令に従って、その頃駅前南側交番付近まで進出していた第一大隊とほとんど同時に、それぞれ駅前の学生集団の検挙に着手し、四時頃までに四機全体で約三〇〇名にのぼる学生などを公務執行妨害罪などの現行犯人として逮捕して検挙活動を終了した。
なお、第二六回公判調書中の証人太田俊雄の供述部分中には「駅前広場南側交番付近に進入した四機第一大隊第二中隊が駅舎出札室に向って横列に展開し検挙準備態勢を整えた際、その所属警察官である同証人は右横列右側の前から三列目にいて、右出札室前付近に固まっていた白ヘルメット着用の学生約五〇名が検挙命令の出る一、二分前に、右第二中隊のほかその左側付近に展開していた第一中隊と南口線の三方向に対し連続的に激しい投石をしたのを目撃した」旨の、証人田能猪佐男に対する当裁判所の尋問調書中には「右第二中隊横列の中央最前列にいた同証人(同中隊警察官)は検挙命令の出る少し前に、証人太田俊雄の右証言にかかる白ヘルメット着用の右投石学生集団の位置した場所には緑ヘルメット着用の学生約三〇名がおり、そのほぼ全員が第二中隊に対し連続的に一、二分間激しい投石をしたのを目撃した」旨の各記載があるが、これを彼此対比すると同時刻頃にほとんど同一の位置から同一場所を見ていた者の供述としては相互に矛盾し不自然というほかはない(なお、証人太田俊雄が逮捕した学生は白ヘルメットを、同田能猪佐男が逮捕した学生は緑ヘルメットをそれぞれ着用していた)うえ、右各調書のほか司法巡査真下富夫作成の昭和四四年六月一〇日付写真撮影報告書添付の写真No.22および同佐藤正志作成の同日付写真撮影報告書添付の写真No.9に徴すると、第二中隊より先に前進した第一中隊が検挙活動に着手した時点において、駅舎前南北に蝟集しているヘルメット着用者および緑地帯上の人々のほとんどが佇立したまま南口線の方を見詰めている状況が撮影されているのであって、かかる状況が駅舎出札室付近の学生集団から第二中隊に対し連続的な激しい投石のなされた直後の状況とはとうてい考えられないものといわなければならず、また、第二三回公判調書中の証人千代田恒雄の供述部分を検討しても、四機第二大隊が駅前広場に到着した際、その先頭指揮官車から駅前の状況を確認した旨証言している同証人が、四機第一大隊が駅前へ進出した点については証言しながら、これに対する投石状況についてはなんら触れていないのであって、これらの事実に照して考えると、第二中隊に対し投石がなされた旨の右各記載部分はいずれも措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
2 ところで、被告人(1)・同(5)・同(3)・同(4)はいずれも反帝学評派(青ヘルメット)の学生集団に所属し、伊東市内で当日予定のアスパックに対する抗議行動を終えたのち、午後三時過頃駅前に戻り、青ヘルメットの前示帯状集団内でいわゆる総括集会に参加していたものであるが、前示のとおり、南口線から駅前に進入した四機第二大隊に対し右集団の一部の者が投石した際、同大隊第三中隊警察官檜森兄元は、白っぽいジャンバーとズボン(軍手片方)を着用していた青ヘルメットの被告人(1)が右投石集団内で同警察官の方向に投石したのを現認したので、これを追いかけ、同被告人がそのまま駆足で駅舎出札室北側にいた青ヘルメットの一団の中へ入って行ったため数秒間これを見失ったものの、その服装から同被告人を確認したうえ、午後三時五五分頃公務執行妨害罪の現行犯人としてその場でこれを逮捕し、同中隊警察官宮沢共一も、鉄色コートの襟首から赤色セーターの襟を出していた青ヘルメットの被告人(5)が、右投石集団内から前へ出てきて同警察官に対し投石したのを現認したので、駅舎出札室北側までこれを追いかけ、主として青ヘルメットの約四〇人の一団の中から同被告人を確認し、午後三時五二分頃同様にこれを現行犯逮捕し、また、同中隊警察官鈴木英機は、第二大隊の検挙活動着手により駅舎出札室方向に逃げ出した右投石集団の追跡を始めた際、緑地帯の南端中央付近を右投石集団の一番後から逃げて行く青ヘルメットの被告人(3)を約八メートル前方に確認したので、これを右投石集団の一員と認め、駅舎出札室北側までこれを追いかけ、青ヘルメットの一団の中に入って行った同被告人を午後三時五五分頃前同様その場で現行犯逮捕し、同様に駅舎出札室方向へ右投石集団を追いかけていた同中隊警察官横浜直己も、駅前広場と駅構内の境まで来た時に、黒ジャンバーを着た青ヘルメットの被告人(4)が右出札室北側の青ヘルメットの一団の中に飛び込むのを確認したので、これを右投石集団の一員と認め、右一団の中から同被告人を午後三時五五分頃前同様現行犯逮捕した。
更に、四機第三中隊警察官木原勝義は、駅舎の方へ逃げて行く学生集団を追跡中の同中隊警察官約五〇名の後(同中隊全体の中程の位置)からこれを追いかけ、駅舎出札室付近に到着した時には他の警察官が既に学生集団の一部を大楯で包囲していたので、駅舎改札口の方へ行こうか行くまいかと迷い、どれを逮捕しようかとうろうろしたすえ、包囲されていた右学生集団内の被告人(9)が汚れた軍手をはめていたことから投石したのではないかと考え、同被告人をその場で逮捕した(もっとも、証人木原勝義に対する当裁判所の尋問調書中には「白や赤や青のヘルメットを着用した学生約一〇名(無帽の者もいたかも知れない)が逃げながら投石していたので、同証人はこれを追いかけたところ、そのうちの二、三名(ヘルメットの色は記憶にない)が既に包囲されていた右学生集団内に入って行った」旨の記載があるが、以上認定の事実関係に照しにわかに措信し難い)。
他方、駅前広場へ南側から進入した四機第一大隊第二中隊警察官田能猪佐男は、駅舎出札室正面の緑地帯南横付近にいた緑ヘルメット(フロント派)の学生集団が駅舎南側の旧応接室から旧駅長室へ逃げ込むのを追いかけ、右旧駅長室にいた被告人(10)を他の警察官とともに外へ引き出したうえ、公務執行妨害と住居侵入の現行犯人としてこれを逮捕し、同中隊警察官太田俊雄は、右旧駅長室正面の駅前交番北側付近まで進んだ時に、駅舎駅長室付近から緑地帯の方へ走り出した白ヘルメットの被告人(12)を認め、緑地帯東南角までこれを追いかけたうえそこで逮捕した。
以上の事実関係に照して本件各現行犯逮捕の適否を検討するに、令状なくして何人でも逮捕できるとされている現行犯人(準現行犯人)の逮捕が許されるのは、少くとも、逮捕者において何人にも明らかな犯行を現認するかあるいは直接覚知しえた諸般の状況から合理的に判断して、犯罪の嫌疑とその犯人が明らかな場合に限られるものと解すべきところ、警察官檜森兄元および同宮沢共一は被告人(1)および同(5)の四機第二大隊警察官に対する投石をそれぞれ現認したうえその直後にこれを逮捕したものであって、被告人(1)および同(5)に対する本件各逮捕は公務執行妨害罪の現行犯人逮捕としていずれも適法であるというべきであり、また、警察官鈴木英機および同横浜直己は被告人(3)および同(4)の投石を現認していないものの、それぞれ覚知していた前示の状況によれば、四機第二大隊警察官に対する投石をした学生らは同大隊正面の青ヘルメット着用の学生集団の一部であり、その間に右投石について現場共謀のなされたこと、被告人(3)が右投石学生集団内に、同(4)が少くともこれと現場共謀のあった右学生集団内にいたことは明らかであったというを妨げず、かかる状況下に右鈴木および横浜は被告人(3)および同(4)を右投石学生集団の一員としてそれぞれ逮捕したものであって、被告人(3)および同(4)に対する本件各逮捕は公務執行妨害罪の現行犯人逮捕としていずれも特段の違法な点はないものといわなければならない。
しかしながら、警察官木原勝義の覚知しえた状況は前示のとおりであって、駅舎に向う多数の警察官に後続していた右木原が、右青ヘルメット着用の学生集団の投石状況は勿論、その逃走状況についてすらこれを覚知していたと認めるに足りる証拠もなく、既に他の警察官によって包囲されていた白ヘルメット(中核派)の被告人(9)が汚れた軍手をはめていたことから直ちにこれを逮捕したという状況のみによっては、被告人(9)に対する公務執行妨害罪の嫌疑が明らかであったとはとうていいえないから、被告人(9)に対する本件逮捕はその要件を欠く違法なものであるといわなければならない。
また、南側から駅前広場へ進入した警察官田能猪佐男および同太田俊雄は緑ヘルメットの被告人(10)および白ヘルメットの被告人(12)(反戦青年委員会派)を、前示のとおり、帰するところヘルメットを着用しているということだけでそれぞれ逮捕したものであって、いずれも前示現行犯人逮捕の要件を欠くものであることは明らかであるといわざるをえないから、被告人(10)および同(12)に対する本件各逮捕はいずれも違法である。
なお、右の点に関し検察官は、「アスパック実力阻止という共通の目的をもって伊東市に参集した過激派学生・労働者らは当日予定の統一抗議行動を終えて駅前に集結し、反権力的気分に支配された連帯感のもとに投石学生らを支援していたのであるから、少なくとも駅前においてはセクト別を問わずその全員について現に投石した学生らとの共謀共同正犯が成立する」旨主張するが、当時の駅前の状況に徴すると、各セクト間には機動隊に対する行動方針についても、ヘルメットの色と同じように差異のあったことが窺われ、当日同所に参集した学生・労働者らのうち前示青ヘルメットの学生集団以外の者について右犯行につき共謀共同正犯の成立を確認するに足りる証拠ありとなすには足りないといわなければならない。
二 そこで、被告人(9)・同(12)・同(10)を除くその余の被告人に対し検察官から取調請求のなされた証拠の採否について判断する。
1 検察官立証予定整理表(以下、予定表という)番号4(司法警察官大島英悟作成の昭和四四年六月八日付写真撮影報告書)、9(同上)、10(司法警察員持塚輝雄作成の同月二五日付写真撮影報告書)、16(司法警察員池谷兼吉作成の同月二三日付写真撮影報告書)、27(4と同じ)、31(司法巡査原田佳明作成の同月二六日付写真撮影報告書)、36(4と同じ、但し司法巡査大塚覚と共同作成)はいずれも各報告書添付の写真(10は二葉、16は六葉、31は七葉、他は各四葉)とその被写体などを説明したいわゆる奥書とから成るものであるところ、この奥書はいずれも右各写真の立証事項(「各被告人の犯行時の服装」ひいては各公訴事実)との関連性(写真の成立関係を含む、以下単に関連性という)を示すに過ぎないものと認められるから、右各奥書部分は関連性という訴訟法上の事実を証明するための証拠としてこれを採用することとし、また、右各写真はいずれも非供述証拠として伝聞法則の適用を受けないものと解すべきであり、その関連性は右各奥書および第二〇回公判調書中の証人増井正義の供述部分・第二一回公判調書中の証人大島英悟の供述部分のほか、予定表番号4については第二五回公判調書中の証人檜森兄元の供述部分、同9については同公判調書中の証人鈴木英機の供述部分、同10については第三七回公判調書中の証人持塚輝雄の供述部分、同16については同公判調書中の証人池谷兼吉の供述部分、同27については第二五回公判調書中の証人横浜直己の供述部分、同36については証人宮沢共一に対する当裁判所の尋問調書により、同31については同36および右尋問調書によりそれぞれ十分認められるから、いずれも証拠として採用する。
2 予定表番号5、11、17ないし19、28、29、32の「立証事項」はいずれも被告人が犯行当時所持ないし着用していた物の「押収手続」という訴訟法上の事実であるから、これを立証するための証拠としていずれも採用することとし、また、同6ないし8、12ないし15、20ないし26、33ないし35はいずれも非供述証拠(証拠物)であり、同6ないし8については証人檜森兄元の右供述部分、同12ないし15については証人鈴木英機の右供述部分、同20ないし22については証人横浜直己の右供述部分、同23については第三九回公判調書中の証人生子勲の供述部分、同24ないし26については同公判調書中の証人戸塚四郎の供述部分(同23ないし26についてはなお証人池谷兼吉の右供述部分)、同33ないし35については証人宮沢共一の右供述部分によりそれぞれ関連性は十分認められるから、いずれも証拠として採用する。
3 予定表番号38ないし41(但し、検察官の証拠調請求の範囲は、被告人(1)ないし(8)に対する昭和五四年一月二三日付証拠調請求補充書により、同38の第三、第五、第七項と添付の図面・写真、同39の第三ないし第六項、同40の第七、第八、第一三ないし第二〇項と添付の図面・写真、同41の添付写真を含めた全部に限られる)は、いずれも第三六回公判期日(昭和五〇年九月二九日)で証言した証人吉田秋雄がそれより前に検察官の面前でなした供述を録収した書面(検面調書)であるところ、この書面における供述にあっては、アスパック抗議行動参加の経緯・リーダーの言動とデモ参加者の対応など公訴事実の共謀ないし主観面に関する事情についても全般にわたり具体的かつ積極的な供述がなされているのに反し、公判廷における右証言においては、右事情を含め公訴事実に関し消極的ないしは断片的な供述しかなされていないことが認められるから、この点に関する限り刑事訴訟法三二一条一項二号のいわゆる相反性があるというを妨げず(予定表番号40の第一七、第一九、第二〇項と添付図面については右相反性が認められないからその証拠調請求を却下するのが相当である)、かつ、それぞれの供述の時期と場所およびその供述を記載した右公判調書と検面調書から窺われる供述態度などに照すと、右各検面調書について同号のいわゆる特信性も認められるものというべきであるから、予定表番号38ないし41のうち検察官の証拠調請求にかかる部分(但し、同40の右却下部分を除く)をいずれも刑事訴訟法三二一条一項二号により証拠として採用する。
4 被告人(1)ないし(8)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1ないし7(被告人(1)関係)、23ないし25(同(3)関係)、36ないし41(同(5)関係)はいずれも右各被告人に対する本件勾留延長期間中(但し、同1と2は延長前勾留満了日)に作成された被告人の捜査官に対する供述録取書であるが、右各被告人の当公判廷における各供述および証人持塚輝雄(被告人(3)の取調官)の右供述部分・第三八回公判調書中の証人日下部英七(同(5)と同(1)の取調官)の供述部分を検討しても、右各被告人の捜査官に対する供述が任意にされたものでないと疑うに足りる具体的な事情は窺われないうえ、右供述録取書中には、被告人が黙秘ないし否認した場合にはそのとおり記載されていることが認められるのであって、捜査官に対する右各供述の任意性を認めるのに妨げはないというべきであるから、刑事訴訟法三二二条一項により右各供述録取書をいずれも証拠として採用する。
5 右証拠目録甲二請求番号5、6(供述部分一九丁と添付図面二枚から成る被告人(1)の検察官に対する昭和四四年六月二四日付供述調書)、40、41についてその任意性が認められることは右に検討したとおりであり、被告人(1)および同(5)が、当公判廷において、公訴事実およびそれまでの経緯に関する検察官の質問に対し、いずれも黙秘権を行使したことは第四六回および第四七回公判調書中の右各被告人の供述部分に徴して明らかであって、それぞれの供述の時期と場所および右各公判調書と同5、6、40、41の各記載から窺われる供述態度などに照し特信性も認められるから、検察官の証拠調請求にかかる同5の第一一項を被告人(2)ないし(8)の関係で、同40の第三ないし第一三項と添付の図面・写真、同41の第一ないし第三項を被告人(1)ないし(4)と(6)ないし(8)の関係でいずれも刑事訴訟法三二一条一項二号により証拠として採用する。
なお、同6の第九項は、駅前における被告人(1)らの逮捕の適否に関する訴訟法上の事実についての供述記載であって、弁護人主張のとおり被告人(2)ないし(8)に対する公訴事実に関連するものではないから、被告人(3)ないし(5)・(9)・(10)・(12)の関係で証拠として採用する。
三 次に、被告人(9)・同(12)・同(10)に対し検察官から取調請求のなされた証拠の採否について判断する。
1 右被告人三名に対する本件各逮捕がいずれも犯罪の嫌疑とその犯人の明白性という現行犯(準現行犯)逮捕の要件を欠く違法なものであることは前示のとおりであって、かかる無令状の逮捕には、捜査機関の専断的な判断による不当逮捕を防止しようとする憲法三三条の規定に違反する重大な違法があり、このような場合には少くとも、逮捕に付随するものとして令状なしで認められる強制処分により得られた証拠の証拠能力を否定するのでなければ、将来における違法な捜査の抑制の見地からしても相当でないというべきところ、証人増井正義および同大島英悟の右各供述部分によると、予定表番号52ないし54は逮捕後間もなく伊東競輪場の食堂へ連行された右各被告人とそれぞれの逮捕警察官を逮捕時の服装のまま撮影した並列写真であり、捜査機関が刑事訴訟法二一八条二項の規定に基づくものとしてなした強制処分により得られたものと見られるから、その証拠能力を否定すべきであり、また、証人木原勝義および同田能猪佐男の右各供述部分によると、予定表番号48ないし50および同57は被告人(9)および同(10)が逮捕された際にそれぞれ押収された着装品であり、同42と同56はそれぞれその捜索差押調書であるが、同被告人らの右逮捕手続が適法になされたとは認められないこと前示のとおりである以上、いずれも刑事訴訟法二二〇条一項二号の処分により適法に得られたものとは見られない(押収手続調書の記載はこれに副う法的効力を伴うものとは解せられない)から、その証拠能力はなくこれを採用しうべき限りではない。
なお、予定表番号58は、証人山田正義に対する当裁判所の尋問調書によると、御殿場警察署に勾留中の被告人(10)に逮捕当時の服装(同57のヘルメットを含む)をさせたうえ、これを撮影した写真であるが、その内容は同54の写真とほとんど同一であり、同58はいずれも証拠能力を否定すべき同54および57のいわば写しにすぎないと見るべきものであるから、その証拠能力も同54および57と消長を共にし、これを採用することはできない。同55は、検察官の証拠調請求に関する主張に徴すると、逮捕当時の着装をした被告人(10)の写真をぼかしたものであることが窺われるので、右と同様の理由により、これを採用しない。
2 ところで、第三八回公判調書中の証人森山実の供述部分によれば、予定表番号45ないし47は、被告人(9)を取調べた警察官二名が、昭和四四年六月一四日上司から命ぜられ、同54に写っている同被告人の逮捕時の服装および取調などの際に見分した同被告人の容貌を手掛りに、沼津警察署の講堂一杯に展示されていた夥しい写真(同被告人の本件逮捕の被疑事実とされる以外の犯行現場写真)の中から同被告人が写っている写真を捜し当てたものであることが認められ、この犯行現場写真は捜査機関が重大な違法逮捕によって得た同被告人の身柄(容貌)ないし同54の写真を利用することにより発見された新たな証拠というべきであり、かかる犯行現場写真を証拠として許容するとすれば、本件の如き集団犯罪については、まず犯行状況を撮影したうえ、現行犯人の要件を欠く集団構成員をも逮捕し、しかるのち被逮捕者の写っている写真などを照合収集するという捜査方法を誘発するおそれがないとはいえないことを併せ考えると、右逮捕に関する違法の程度の重大性およびかかる違法逮捕抑制の必要性に照らし、その証拠能力をも否定しなければならない。
3 被告人(9)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1ないし7の採否について検討するに、これらはいずれも被告人(9)に対する本件勾留(延長)期間中に作成された同被告人の捜査官に対する供述調書である。
およそ逮捕に続く勾留手続においては、勾留の裁判の時点における記録その他を調査し、逮捕手続の適法性について審査したうえ勾留の要件が認められるときに限り、勾留状は発付されるべきものであり、違法に逮捕された被疑者に対する勾留手続は、逮捕の瑕疵が軽微な場合その他特段の事情のない限り、進めるべきでないことは言を俟たないところであるが、裁判官の勾留状が発付された場合であっても、万一その前段階の逮捕が違法であったことが後になって確認された場合においては、その瑕疵が軽微である場合その他特段の事情のない限り、勾留裁判官の過失の有無を問わず、その勾留(延長)手続によってなされた身体の拘束は結局違法たるを免れないことになるものと解するのが相当であり、かつ、かかる違法拘束の期間内における被疑者の捜査官に対する自白は、特段の事由のない限りその違法拘束の影響がないとはいえないとの推定を受けるべきものであって、右推定を覆すに足りる特段の事情のない限り、その任意性に疑点がないとはいえないものとしてこれを証拠に採用し難いものと解すべきである。
これを本件についてみるに、被告人(9)に対する本件逮捕が違法であることは前認定のとおりであり、本件勾留関係記録その他の資料によれば、前示のとおり現行犯人の要件を欠く被告人(9)に対する本件逮捕の被疑事実により、氏名・住居など一切を黙秘したままの同被告人について、検察官は昭和四四年六月一一日勾留請求したが、その逮捕の適否および被疑事実の存否に関する疎明資料としてはほとんど唯一のものであった現行犯人逮捕手続書(司法巡査木原勝義作成)には、「駅前広場に到着すると、青・赤・白ヘルメットにタオルで覆面した学生デモ隊約二、三百名が駅前派出所側にいた警視庁第五機動隊員に対し激しい投石をしているのを現認した」「本職らの部隊が到着するや前記集団の右側にいたヘルメットスタイルの約五〇名が同駅北側の公衆便所方向に移動しながら一斉に本職らに対し手拳大の石を投石して来た」などと、右逮捕警察官木原が覚知しえなかった事実が記載されていること、更に、勾留期間延長(一〇日間)の裁判がなされた同月二〇日に至るも、右逮捕警察官を含む目撃者の取調はいまだなされていない(その後になされた形跡も窺われない)ことが認められるのであって、勾留の許否を決するうえで極めて重要な事項について疎明資料に右の如き事実に反する記載があり、その是正もなされていない右事情のもとにおいては、被告人(9)に対する右勾留(延長)手続によってなされた拘束は結局違法たるを免れないこととなり、その間になされた同被告人の自白について右違法拘束の影響がないとはいえないとの推定を覆すに足りる特段の事情も認められないから、同2ないし7はその任意性に疑点がないとはいえないものとしていずれも証拠に採用し難いものというべきである。ただ、右証拠目録甲二請求番号1は情状に関するもの(検察官の立証事項は「経歴」)であり、その記載に照し供述の任意性に疑いはないと認むべきであるから、証拠として採用し、同2ないし7は却下することとする。
4 予定表番号43は、被告人(9)が同51の「逮捕された時の注意(このメモはポケットに入れて中に持っていってよい)」と題する紙片を任意提出した際作成した任意提出書であり、同44はその領置調書であるところ、右提出行為は、任意性に疑いはないと認められる右証拠目録甲二請求番号1が作成される前になされたことが窺われ、その任意性を疑うに足りる事情もないので、いずれも(同43は同51と相俟って公訴事実に関するものといえるから刑事訴訟法三二二条一項により)証拠として採用する。
5 予定表番号59および60(但し、検察官の証拠調請求の範囲は、被告人(10)に対する昭和五四年一月二三日付証拠調請求補充書により、同59の第二ないし第八項、同60の第二ないし第六項に限られる)は、いずれも公判準備(昭和五一年五月三一日)において証言した長安英明の検面調書であるところ、この調書二通における供述は、被告人(10)らとともに駅舎旧駅長室で現行犯逮捕された右長安(同被告人の本件公訴事実についてのいわゆる共犯者)が勾留延長期間中になしたものであることが記録上認められるが、右現行犯逮捕が違法であったとしても、そのことから直ちに右検面調書が違法収集証拠となるわけではなく、また、違法収集証拠の排除法則が適正手続の保障により被告人の人権を保障することに主たる根拠を有するものであり、およそ違法捜査抑制のためにあるのではないという点に鑑みても、被告人(10)以外の者の供述調書たる右検面調書の証拠能力については、訴訟法の規定する証拠能力の具体的要件によりその存否を決すれば足りるというべきである。
ところで、証人長安英明に対する当裁判所の尋問調書の記載を検討しても、右検面調書における供述の任意性を疑わせるに足りる具体的な事情は見出せないうえ、右検面調書においては、アスパック抗議行動に参加するまでの経緯・緑ヘルメット集団の行動など公訴事実の共謀の基礎となる事実についても具体的な供述がなされているのに反し、公判準備における右証言においては、右の点に関し「覚えていない」とか「あるいはそうだったかも知れない」旨の供述を繰り返している(なお「被告人(10)とは確か伊東に来てから会った」旨の相反性の明らかな供述もある)ことが認められるから、刑事訴訟法三二一条一項二号のいわゆる相反性があるというを妨げず、かつ、供述の時期と場所およびその供述を記載した尋問調書と検面調書から窺われる供述態度などに右任意性を併せ考えると、右各検面調書について同号のいわゆる特信性も認められるものというべきであるから、同59および60のうち検察官の証拠調請求にかかる部分を刑事訴訟法三二一条一項二号によりいずれも証拠として採用することとする。
6 被告人(12)に対する検察官請求証拠目録甲二請求番号1は、被告人(12)の検察官に対する昭和四四年七月五日付供述調書であり、同被告人が本件公訴事実により起訴されたのち裁判官の職権による勾留中に供述したものであることは明らかであって、いるゆる逮捕前置主義の適用を受けない右勾留によって被告人(12)に対する逮捕の前示違法性は遮断されたものといわなければならず、その任意性を疑うに足りる事情もないから、同1を刑事訴訟法三二二条一項により証拠として採用する。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 長利正己 裁判官 坂本重俊 松永眞明)